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室生犀星

室生犀星(むろうさいせい。1889~1962)。

小説家、詩人。

1889(明治22)年、8月1日、石川県金沢市裏千日町で小畠弥左衛門(おばたけやざえもん)の子として生まれました。

小畠は元・足軽組頭で剣術の道場主、この年64歳。

母はる(本名、佐部ステ)は小畠家のお手伝い、この年34歳。

彼女は小畠の妻まさの死去(2年前)後、この家に来ました。

藤井鉄太郎という人の夫人が、連れ合いに先立たれた小畠を見かねて、自分の家に奉公していた彼女を世話したのでした。

しかし、60過ぎの自分がお手伝いに生ませた子。

小畠は世間の白眼視を恐れ、犀星を自分の籍に入れることなく、生後1週間めに20円という金を付けて、赤井ハツなる女性に息子をやってしまいます。

犀星の代表作で映画化もされ、読売文学賞を受けた長編小説『杏(あんず)っ子』(1957年)に登場する「青井のおかつ」のモデルです。

「そもそも女中を愛したといふことが父の悲劇であつたにちがひなく、また、母の悲劇でもあつたであらうが、それは間違ひなく私自身の悲劇にもなり、一さいが私に償ひさせられたも同様なものであつた。

(略)私が文学でもやらなければならない事情も、また小説を書いて生きなければならないやうに圧(お)し付けられたのも、かういふ母を持つたからであると云へよう。

小説を書かないで外(ほか)の職業を持つたとしたら、全く碌(ろく)な人間にならなかつたであらう。」(室生犀星『作家の手記』<1938年>)

赤井ハツは、大酒を飲んでは子どもを殴りつける肥満体の40女で、雨生院住職・室生真乗の内縁の妻。

犀星を含め4人のもらい子を育てました。

照道(てるみち)という名を付けられた犀星は、ハツの暴力におびえながら小学校に通いますが、教室で切腹の真似をしてナイフで掌を切る騒ぎを起こし、高等小学校を3年で退学。

以後、放浪の人生を送ることになります。

室生犀星ネコ

いずれにせよ、犀星は、幼少期がその文学的人生を決定づけた典型的な作家といえましょう。

晩年は軽井沢の別荘に滞在することが多く、死の前年にはそこで自作詩の朗読を録音しました。

犀星による自作朗読の録音は、これが唯一だと思われます。

その貴重な音声は、ソノシートに収録されました。

うちにあります。
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Mr.NAO

Author:Mr.NAO
東京都港区出身 
男性 
水瓶座

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