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「困難な何ごとかを克服するたびごとに私はいつも幸福を感じました。」(片山敏彦訳)

ルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェン(1770~1827)の言葉です。

新聞に出ていました。

ベートーヴェンの生涯は、苦悩の連続でした。

有名な耳の病気は、20代後半で発症しています。

早くも、26歳のときには中途失聴者に。

音楽家として致命的な障害に襲われたことで生きる意欲を完全に失い、1802年、『ハイリゲンシュタットの遺書』を書いて自殺しようとします。

ところが、もはや再起不能かと思われた絶望の淵から、彼は奇跡的に生還するのです。

なんという超人的な意思の力でしょう。

そして、この後10年間に、あの交響曲第3番『英雄』を初めとする名曲の数々を生み出すのです。

いわゆる「傑作の森」と呼ばれる期間です。

やがて、40歳を越えると彼の耳はますます悪くなっていき、45歳の頃には、とうとう全く聞こえなくなってしまいます。

神経性の激しい腹痛や下痢にもしょっちゅう襲われました。

ベートーヴェンが後見人を務めていたカールという甥が、事件を起こしたり自殺を図ったりしたので、それらの処理にも大いに苦しめられました。

しかし、このような苦悩、苦悶を乗り越えて、それまでの掟を真正面から破った「禁じ手」の大作・交響曲第9番『合唱付き』、破格のスケールで迫る普遍の宗教曲『荘厳ミサ曲(ミサ・ソレムニス)』などを放つのです。

いうまでもなく、これらは、音楽史的に見て人類史上屈指の大傑作です。

その大傑作を、あれほどの艱難辛苦(かんなんしんく)と格闘しながら創り上げているのです。

ベートーヴェンにとって、音楽の創造とは、正に「苦悩から歓喜へ」と自身を昇華させる営みだったのに違いありません。

フルトヴェングラー

このCDは、ウィルヘルム・フルトヴェングラーが振った『第9』です。

よく知られているバイロイト・ライブですが、従来発売されていたEMI版と同じ演奏を録音していながら、音質等が格段に良いようです。

バイエルン放送が録音していたテープが永らく倉庫に眠っていて、数年前にそれが見つかったのだそうです。

また、EMI版と演奏が明らかに違って聴き取れる箇所もあるとのことで、どちらかがゲネプロで、どちらかが本番だったのではないか、とする説もあります。

さらに、EMI版の音質の悪い部分をバイエルン放送の良い部分と差し替えたのではないか、とする識者もいるとか。

ベートーヴェンの心を感じながら、じっくりと聴いてみたいものです。


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Mr.NAO

Author:Mr.NAO
東京都港区出身 
男性 
水瓶座

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