2010/04/26 11:43:05
1
健太は、内気で奥手の少年だった。
高校からも、いつも一人で帰った。
でも、とくべつ寂しいとは思わなかった。
家の自分の部屋で、細い体を折り曲げてコンピュータ・ゲームをしていれば、すべてが楽しかった。
来年は高三だというのに、と両親は一人息子の行く末を案じたが、大学なんて入れるところに行ければいい、と暢気(のんき)に構えていた。
学校からの帰り道、その日も健太は一人だった。
電車を降り、商店街を抜け、路地に入ると、ほとんど人通りがなくなる。
もう、家まで七、八分だ。
今日は、この前買った、あのゲームをやろう。
そう考えながら、何気なく道ばたの電柱に目をやって、健太は、はっとした。

電柱の裏で、地面がぼんやりと光っている。
曇り空の下、いつもよりいっそう薄暗いこの裏道にあって、その光は異様な存在感を示している。
健太は、恐る恐る電柱の根元を覗き込んだ。
夜光塗料か、それとも、液晶テレビかな・・・。
靄(もや)のようにたゆたう緑色の光の塊。
瞳を凝らしてよく見ると、光の中心には、果たして一個の物体が横たわっていた。
消しゴムほどの大きさの直方体で、淡い緑色をしている。
なんだろう・・・・・・。
ちょっと怖かったが、健太は思いきってその物体を手に取ってみた。
不思議なことに、それは、まるで重さがないように感じられた。
緑色の光を顔じゅうに浴びながら、目の前でひっくり返してみると、その物体の裏には、何も書かれていない銀色のステッカーが貼られていた。
はがそうとしたが、まるで爪が立たない。
また、発光しているのに、その物体は少しも熱くなかった。
しかし、プラスティックとゴムの間(あい)の子のような肌触りの中に、かすかな温度が感じられるような気がした。
それにしても変わってるな・・・。
電池が入っているようにも見えないし。
だいたい、光源すら見当たらない。
その物体は、とにかく表面全体から等しい光度で光を放っていた。
・・・なんてきれいな光なんだろう。
健太はうっとりと見とれながら、その物体をズボンのポケットに入れた。
もうじき大通りだ。
それを渡れば、もう家だ。
健太は、右太腿の上におさまっている物体を、心無しか労(いたわ)るように、ゆっくりと歩を運んだ。
アパートを過ぎ、「鍼灸(しんきゅう)」の看板を越し、オレンジ色のポストを左に認めると、すぐそこが大通りの歩道だ。
なんだか、今日はいつもより長い路地だったな。
と、ようやく歩道に出た、そのときだった。
ん?

右ポケットの辺りが温かい。
思わず立ち止まると、、温かさは、じんわりと広がり始めた。
ズボンの中で物体が発している緑色の光に、服の下の体全体が、徐々に徐々に包み込まれていくような感じだ。
そして、・・・なんだ、この心地よさは・・・。
まどろみにも似た、奇妙な・・・。
なんだろう・・・・・・。
健太は、歩道を歩き出した。
健太の頭の中には、もうコンピュータ・ゲームのことなどなかった。
早く帰って、この不思議な物体とじっくり対面したい。
健太は、そればかりを考えながら、歩を速めた。
今や、健太は、母親の胎内にいるかのような安堵感(あんどかん)の只中(ただなか)にいた。
そして、この妙な感覚を与えてくれているに違いない、ポケットの中の物体に対する好奇心は、ますます大きく膨らんでいった。
つづく
健太は、内気で奥手の少年だった。
高校からも、いつも一人で帰った。
でも、とくべつ寂しいとは思わなかった。
家の自分の部屋で、細い体を折り曲げてコンピュータ・ゲームをしていれば、すべてが楽しかった。
来年は高三だというのに、と両親は一人息子の行く末を案じたが、大学なんて入れるところに行ければいい、と暢気(のんき)に構えていた。
学校からの帰り道、その日も健太は一人だった。
電車を降り、商店街を抜け、路地に入ると、ほとんど人通りがなくなる。
もう、家まで七、八分だ。
今日は、この前買った、あのゲームをやろう。
そう考えながら、何気なく道ばたの電柱に目をやって、健太は、はっとした。

電柱の裏で、地面がぼんやりと光っている。
曇り空の下、いつもよりいっそう薄暗いこの裏道にあって、その光は異様な存在感を示している。
健太は、恐る恐る電柱の根元を覗き込んだ。
夜光塗料か、それとも、液晶テレビかな・・・。
靄(もや)のようにたゆたう緑色の光の塊。
瞳を凝らしてよく見ると、光の中心には、果たして一個の物体が横たわっていた。
消しゴムほどの大きさの直方体で、淡い緑色をしている。
なんだろう・・・・・・。
ちょっと怖かったが、健太は思いきってその物体を手に取ってみた。
不思議なことに、それは、まるで重さがないように感じられた。
緑色の光を顔じゅうに浴びながら、目の前でひっくり返してみると、その物体の裏には、何も書かれていない銀色のステッカーが貼られていた。
はがそうとしたが、まるで爪が立たない。
また、発光しているのに、その物体は少しも熱くなかった。
しかし、プラスティックとゴムの間(あい)の子のような肌触りの中に、かすかな温度が感じられるような気がした。
それにしても変わってるな・・・。
電池が入っているようにも見えないし。
だいたい、光源すら見当たらない。
その物体は、とにかく表面全体から等しい光度で光を放っていた。
・・・なんてきれいな光なんだろう。
健太はうっとりと見とれながら、その物体をズボンのポケットに入れた。
もうじき大通りだ。
それを渡れば、もう家だ。
健太は、右太腿の上におさまっている物体を、心無しか労(いたわ)るように、ゆっくりと歩を運んだ。
アパートを過ぎ、「鍼灸(しんきゅう)」の看板を越し、オレンジ色のポストを左に認めると、すぐそこが大通りの歩道だ。
なんだか、今日はいつもより長い路地だったな。
と、ようやく歩道に出た、そのときだった。
ん?

右ポケットの辺りが温かい。
思わず立ち止まると、、温かさは、じんわりと広がり始めた。
ズボンの中で物体が発している緑色の光に、服の下の体全体が、徐々に徐々に包み込まれていくような感じだ。
そして、・・・なんだ、この心地よさは・・・。
まどろみにも似た、奇妙な・・・。
なんだろう・・・・・・。
健太は、歩道を歩き出した。
健太の頭の中には、もうコンピュータ・ゲームのことなどなかった。
早く帰って、この不思議な物体とじっくり対面したい。
健太は、そればかりを考えながら、歩を速めた。
今や、健太は、母親の胎内にいるかのような安堵感(あんどかん)の只中(ただなか)にいた。
そして、この妙な感覚を与えてくれているに違いない、ポケットの中の物体に対する好奇心は、ますます大きく膨らんでいった。
つづく
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