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老紳士



「いらっしゃいませ。」

 健一が顔を上げると、小さな老紳士がいた。

「おひとりですか?」

「・・・はい。」
 
その声はひどくしわがれていた。

だが、ダークスーツをきちんと着こなし、ソフト帽をかぶったその姿は、とてもイキな感じだった。

「初めてだな、こういうお客さん。」

そう思いながらも、健一は老紳士を店内に招き入れた。

「こちらの方へどうぞ。」

まだ開店して間がないので、店の中は閑散としている。
 
カウンターの席に案内しながらふと見ると、老紳士は杖をついていた。

「七十、いや、それ以上かな。」
 
イスに座るとき手を貸すと、健一の目を見ながら老紳士はゆっくりと会釈した。
 
その額には深いしわが何本も刻まれ、顔はあごが軽く飛び出して見えるほど痩せていた。
 
「ご注文がお決まりになりましたら、お声をおかけください。」
 
メニューを示しながら健一が言うと、老紳士はまた静かにうなずいてソフト帽をとった。
 
少ない髪の毛はほとんど真っ白だったが、上品に撫でつけられていた。
 
持ち場に戻ろうとする健一に浩司が耳打ちした。
 
「変わったお客さんだな。」
 
「うん。」
 
老紳士はスーツの内ポケットからメガネを取り出して鼻に載せると、大きなメニューを顔に引き寄せてながめている。
 
その姿を見ていて、健一は思った。
 
「芝居の登場人物みたい。」
 
やがて、老紳士がこちらの方を見て手を挙げた。
 
「ご注文をおうかがいします。」
 
そばに行って健一がそう言うと、老紳士はしわがれたか細い声で答えた。
 
「水割り。山崎をシングルで三杯。マグロの刺身。それに、グリーンサラダをください。ドレッシングはフレンチで。」
 
山崎

「水割りは一度にお持ちしますか? それとも一杯ずつお持ちしますか?」
 
「一度にでけっこうですよ。」
 
「かしこまりました。ありがとうございます。」
 
健一が頭を下げると、老紳士は軽くため息をもらした。

と、入り口の方が急に騒がしくなった。
 
「いらっしゃいませ。」
 
「あ。今日、金曜だっけ。」

と言うが早いか、浩司が足早に去って行く。
 
「いらっしゃいませ。おふたりさまですか。こちらの方にどうぞ。」
 
サラリーマン風の中年男性たちがどっとやって来た。
 
金曜はこういう客が多い。
 
営業で外回りをしている人たちが、仕事を早く切り上げて来るのだ。
 
もちろん会社には内緒で。
 
金曜はそういう日だ。
 
「いらっしゃいませ。」
 
「いらっしゃいませ。どうぞこちらの方に。」
 
十分ほどして、健一が酒と料理を持って行ってみると、老紳士の周りは仕事談義に花を咲かせる男たちでいっぱいになっていた。
 
「お待たせいたしました。」
 
健一がカウンターに料理を置こうとすると、老紳士は表情を変えず、つぶやくように言った。
 
「ありがとう。」
 
その姿は、降って湧いた喧噪を嘆いているように見えた。
 
健一は老紳士の耳元でささやいた。
 
「あの、もしよろしければ、あちらの静かな個室にお移りになりますか?」
 
「いいんですか?」
 
「はい。」
 
老紳士の顔がぱっとほころんだ。

                                     つづく
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Mr.NAO

Author:Mr.NAO
東京都港区出身 
男性 
水瓶座

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