2010/02/25 06:08:15

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「うちの劇団を志望した動機を教えてください。」
「高校生のときに舞台の芝居を初めて観たんですけど、その芝居がすごくって、それで大学も演劇科に行ったんですけど、『十二人の怒れる男たち』っていう芝居で、その主役をやってた野村修さんがものすごい存在感で、もう感動しまくりってやつで、それで最初は野村さんの劇団に入ろうと思ってたんですけど、野村さん、退団されちゃって、それを知ったときはすっごく悲しくて、大学もやめちゃおうかと思ったくらいだったんですけど、そしたらあの劇団、分裂しちゃって、やる芝居も軟弱なやつしかやらなくなっちゃって、もうこれはダメだと思って、で、こちらの公演を、あの、『リア王』を観まして、そしたら松井栄さんのリアがとんでもなくすごくって、びっくりしてしまって、で、こりゃあこの劇団しかないなと確信しまして。」
「好きな劇作家は誰ですか?」
「シェイクスピアです。」
「ほう。本格的ですね。やってみたい作品は?」
「全部やってみたいですけど、『ハムレット』と『ロミオとジュリエット』と、それにもちろん『リア王』も。」
「松井の影響大ですね。」
「はい。松井先生に教えていただけるって思ったら、それだけでシアワセです。」
「役者の修行はきびしいですよ。」
「わかってます。大学でも芝居、ずっとやってきましたし。」
「学生演劇とプロは全然違いますよ。できますか? 一生食えないかもしれませんよ。」
「覚悟してます。芝居ができれば、後悔ないです。」
「そうですか。わかりました。では、合否の通知をお待ちください。」
「ありがとうございました。」
小田健一は、この瞬間、「落ちたかも。」と思った。
「オレって、なんで緊張すると、ちゃんとした日本語、言えないんだろう。それでも役者かよ。」
帰りの地下鉄の中で突っ立ちながら、健一は真っ赤になった頬を両手で覆った。
ついさっき演じた実技試験のエチュードが体の中で泥流のようにうねって廻って、頭がぐつぐつと沸騰する。
そして、すぐさまそれを追いかけるように面接の一問一答が反芻する。
電車が停まった。
「あれ? バカ!」
健一は腹立たしくドアから走り出た。
「反対じゃないか!」
向かいのホームめがけて階段を駆け上がりながら、健一は心の中で吐き捨てるように言った。
「まともに家にも帰れないのかよ、オレは!」
一気に階段を駆け下りると電車がちょうどやって来た。
今度こそ正しい電車に揺られながら、ドアのガラス窓を見ていると、そこに突然、沙耶(さや)の姿が映った。
健一は驚いて振り返った。
だが、そこには誰もいなかった。
「あたし、よく考えたんだけど、やっぱりケンのマジメすぎるところについていけない。ごめんね。疲れるのよ、いっしょにいると。入団試験、がんばってね。応援してるわ。さようなら。」
まる一日前、沙耶に言われたことばが耳の奥で鳴った。
つづく
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