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林

山の夕暮れが近付いてきました。

「どうぞお風呂にお入りください。」

廊下から西山さんが声をかけると、女の人は襖の向こうで「はい。ありがとうございます。」と答えました。

宿帳に書いてもらったところによると、女の人は「秋川洋子さん」という名前で、住所は東京でした。

遠いところを赤ちゃんを連れて、大変だったでしょう。

西山さんは、秋川さんに寛いでもらいたいと心から思いました。

独りで何をしに来たのかとか、何か事情があるのかとか、お客様についてそういうことは考えない、というのが旅館業の鉄則だと考えていました。

だから、秋川さんのことを穿鑿したりはしませんでした。

ただただゆっくりと休んでいただきたい、それだけでした。

ご主人も同じでした。

そこで、ご主人は今夜、特に腕によりをかけて料理を作りました。

秋川さんが風呂から上がってきたところへ、西山さんは尋ねました。

「お食事はいつ頃お持ちいたしましょうか?」

ちょっと考えてから秋川さんは答えました。

「ありがとうございます。じゃあ、30分後ぐらいに。」

「かしこまりました。どうぞごゆっくりお過ごしくださいませ。」

そして30分後、西山さんが料理を持って行って卓上に並べると、秋川さんは目を見開いてそれらを見つめました。

料理

「・・・・こ、こんなに、たくさん・・・。あの、特別なお料理は、・・・私・・・・。」

秋川さんは口ごもりました。

「いいえ。特別なお料理ではございませんよ。お宿代の中に含んだお料理でございます。」

西山さんがそう言うと、秋川さんは到底信じられない、という顔をしながら言葉を返しました。

「・・・・でも、あのお宿代にこのお料理が含まれているなんて・・・。」

「実は、お恥ずかしいことなんですけれども、料理人の主人がうっかり材料を仕入れすぎてしまいまして。そこにキャンセルのお客様があったものですから。で、お客様に対しまして大変に失礼なんでございますけれども、もしよろしければ、お召し上がりいただけないかと存じまして。申し訳ないことでございます。お詫び申し上げます。」

「・・・ありがとうございます。」

秋川さんは深々と頭を下げました。

その瞳から涙が流れたことに西山さんは気付きましたが、明るい声で言いました。

「さ、ご飯をよそいましょう。」

秋川さんのすぐ隣では、赤ちゃんがすやすやと眠っていました。

樹々が風にざわめきました。

山はもう漆黒の夜でした。


                                     つづく







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Mr.NAO

Author:Mr.NAO
東京都港区出身 
男性 
水瓶座

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