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樹々

その宿は樹々の中にありました。

東京からずいぶんと離れた寂しい町の宿でした。

西山さんがここへ嫁いで来たのは、もう35年も前のことです。

ご主人と2人だけで、細々と営んでいます。

部屋は6つしかありません。

固定客がついてはいましたが、経営は大変に厳しく、食べていくのがやっとという状態でした。

それでも今まで続けてこられたのは、ひとえに西山さんご夫妻の人柄の所以でした。

2人とも、とても温厚な人物で、お客さんに対しては精一杯のおもてなしを常に心がけていたからです。

川

宿は小川に面していて、ここで獲れた新鮮な魚をご主人が調理して出しました。

その料理を食べるためにやって来るお客さんが大部分でしたが、なにしろ無名の宿でテレビなどに出たこともなかったので、満室になることは殆どありませんでした。

今日も泊まっていた二組のお客さんが帰って行った後は予約もなく、宿は閑散としていました。

「早めに閉めてしまおうか・・・。」

夕方、そう思って西山さんが表に出ると、声がしました。

「・・・・あの、すみません。」

「はい。」

見慣れない女の人でした。

赤ん坊を背負って、ボストンバッグを提げています。

30歳くらいでしょうか。

ジーンズにジャケットという服装でしたが、痩せていて、疲れているように見えました。

「なんでしょう?」

西山さんが優しく尋ねると、女の人は遠慮がちに言いました。

「・・・・今晩、泊めていただけるでしょうか? ・・・この子と。予約していないんですけど・・・。お部屋、空いているでしょうか?」

突然のお客さんに西山さんは嬉しくなって、明るく答えました。

「まあ、お客様でいらっしゃいましたか。失礼をいたしました。お部屋は空いておりますよ。ご予約されていなくても、いっこうに構いませんよ。さ、どうぞお入りくださいませ。」

玄関に招き入れようとしましたが、女の人は立ち止まったままです。

「さ、どうぞお入りくださいませ。」

西山さんが再びそう言うと、女の人はうつむきながら聞きました。

「・・・・あの、・・・おいくらでしょうか? ・・・宿泊料。予約していないので、高いんじゃないでしょうか?」

「え? そんなことはございませんよ。こんな古くて汚い山の宿ですから。どうぞご心配のないようにお願い申し上げます。」

「・・・・おいくらでしょうか? ・・・食事なんか、要りませんから。この子は、まだ食べられないし・・・・。」

これを聞いて、西山さんはとっさに言いました。

「ご安心ください。一泊二食で5000円でお願いしております。」

「ほんとですか? ・・・そんな値段で、いいんですか?」

「はい。お泊まりいただくだけで、私どもは嬉しゅうございますので。」

「ありがとうございます。助かります。ありがとうございます。」

「さ、どうぞお入りください。」

西山さんは、母子を2階の川に面した部屋にお通ししました。

それはこの宿で一番眺めの良い部屋でした。

「あなた、お料理、お願いします。」

下に降りて来た西山さんにそう言われたご主人が、ニコッと笑いました。

「いくらにしてあげたんだい?」

「いいじゃありませんか、いくらでも。」

「ほんとに人がいいんだから。俺たちは。・・・さて、魚、あったよな。」

ご主人は微笑みながら調理場に歩いて行きました。

その後ろ姿を見送りながら、西山さんは2階の母子のことがふっと気になりました。

「・・・・ま、大丈夫でしょう。」

ひとつ大きくうなずくと、西山さんも調理場に入って行きました。


                                     つづく








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Mr.NAO

Author:Mr.NAO
東京都港区出身 
男性 
水瓶座

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