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まるくらラーメン

退学届が受理されました。

たった一枚の紙を出すことでこれほど気持ちがラクになるとは、一貴(かずき)はまったく予想していませんでした。

大学を後にしながら、昨日まで自分の両肩にずっしりと食い込むように重くのしかかっていたものが跡形もなく消え去っていることに、一貴は気付きました。

それは、精神的肉体的な解放そのものでした。

永らく「山の中のど田舎」とバカにしていたこの土地の空気が、実は都心に比べてはるかに美味しいものだったことを、一貴は初めて実感しました。

帰り道、いつものラーメン店に一貴は入りました。

「いらっしゃいませ。」

店主の母親らしき人が、いつものとおりやさしい声で迎えてくれました。

彼女は一貴を見ると、深々と頭を下げました。

「先日は本当にありがとうございました。
あんなおしゃれなものをいただきまして。」

ちょっと照れながら、一貴は言いました。

「いいえ。
もう、さしました? カサ。」

すると、母親らしき人は首を強く左右に振りました。

「滅相(めっそう)もありません。
とってももったいなくて。
大事にしまってあります。」

「それじゃ、意味ないっすよ。
やっぱり、ささなきゃ、カサは。」

一貴がそう言うと、珍しく店主が口を開きました。

「この前も雨降ったんで、もらったの、さしたらって言ったんだけど、それ、さしてんですよ。」

店主はアゴでカサ立てを示しました。

見ると、そこには透明のビニールガサが立っていました。

一貴は笑いました。

店主も母親らしき人も笑いました。

笑いながら、一貴は昨日父親が言った言葉を思い出しました。

・・・・「笑わなくなったもんな、おまえ、家で。」

オレって、ゼッテー(絶対)ヘンだったのかも。
こんないい人たちがいる店なのに、きっと、いっつもオレ、ジメジメしてたのかも、ここでも・・・。

その日、一貴は今までで一番高い「煮タマゴラーメン」を注文しました。

「煮タマゴラーメン。」

いつものように料理の名前を復唱すると、店主は冷蔵庫から材料を取り出して庖丁を鳴らし始めました。

母親らしき人が水を入れたコップを持って来ました。

扇風機がブンブン言いながら回っています。

テレビはNHKの連続テレビ小説を映しています。

やがて、母親らしき人がトレイに載せた丼をおずおずと運んできました。

「お待ちどうさまでございました。」

・・・ん?
う、うまいじゃん。
マジ?

その「煮タマゴラーメン」は、一貴がこの店で食べた他の料理とは比べものにならないほどの味でした。

しかし、店に漂う空気の匂いや店主が調理する姿から推(お)して、この店主が何か特別な食材や調理法を導入してこのラーメンを作ったとは思えません。

人間って、気持ちが変わると、舌も変わるのかも。
ほんとは、ここ、マジ、美味い店だったのかも。

麺をすすりながら、一貴は小さな声で言いました。

「来ます、オレ、ときどき。」

反対側のカウンター席には、腕組みをした店主と母親らしき人が並んで座ってテレビを見ています。

「ありがとうござい・・・。」

もう一回小声でそう言いかけたとき、急に涙が出ました。

まったく不意の、突然の涙でした。

この半年間のすべてを洗い流すように、とめどなく涙があふれました。

「いらっしゃいませ。」

男性客が3人入って来ました。

あの土砂降りの日にやって来た建築作業員風の3人でした。

彼らに泣いているところを見られないように、一貴は顔をそむけました。

しかし、涙は少しも止まりませんでした。

でも、一貴にはわかっていました。

この涙は悲しみの涙ではない、ということが。

泣きながら、一貴は思いました。

・・・・オレって、シアワセなやつ、・・・かも。





                                      了

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Mr.NAO

Author:Mr.NAO
東京都港区出身 
男性 
水瓶座

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