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梶井基次郎着物

かじい・もとじろう。

1901〜1932。

大阪市出身。

小説家。

東京帝国大学(現・東京大学)英文学科中退。

旧制第三高等学校(現・京都大学総合人間学部)時代から創作を始め、詩的な短編をいくつも発表したが、その評価が高まったのは、生涯苦しんだ肺病のために31歳で死去した後のことであった。

作品に『檸檬』『路上』『交尾』などがある。



梶井基次郎帽子

終生病魔に脅かされ続け、独身のまま夭折した梶井であったが、短い一生の間に彼が交わった人々の顔ぶれは正に多士済々、その交際の広さ親密さは、実に驚くべきものであった。

先ずは、大阪府立北野中学校から進んだ京都の第三高等学校で出会った人たちである。

寄宿舎の室長が後の法政大学教授・逸見重雄、同室の新入生に後年作家となる中谷孝雄、同級生に日本を代表する数学者となった岡潔がおり、他クラスにも、詩人・北川冬彦の若かりし姿たる田畦忠彦、後の評論家・大宅壮一、やがて山口誓子という俳号のもとに俳壇を牽引することになる山口新比古らがいた。

三高在学中は、怠学、借金、夜毎の飲酒とそれに伴う乱行、神経衰弱など、退廃した私生活にもがいた時期もあったが、一方では、三高劇研究会に所属して旺盛な研究活動を展開、『小さき良心』『不幸』といった習作をも完成させた。

東大に入学すると、中谷らに新たな同級生・外村茂(後の作家・外村繁)を加えた数人で、同人雑誌『青空』を創刊。

これに名作『檸檬』を発表する。

そして翌年、25歳にして、『青空』を献呈すべく、あの島崎藤村を表敬訪問。

さらにこの年、三好達治(詩人)、阿部知二(作家、英文学者)が同人に参加。

以後、鬼籍に入るまでの5年間に知己となった面々は、川端康成、尾崎士郎、宇野千代、広津和郎、萩原朔太郎、武田麟太郎、等々。

昭和2年に『青空』が休刊となり、梶井が活動の拠点を失ったとき、萩原や広津らは『近代風景』『創作月刊』といった雑誌への執筆を周旋し、北川も中央公論社からの原稿依頼を取り付けた。

最晩年の創作集『檸檬』も、殆ど友人たちの厚情のみによって出版されたといってよい。

人、文章ともども、知友に愛された梶井であった。
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Mr.NAO

Author:Mr.NAO
東京都港区出身 
男性 
水瓶座

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