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ブラームスCD

しばらく壁の絵を眺めていた課長は、タバコの火を灰皿に押し付けると、ブリーフケースの中に手を入れながら言いました。

「そうそう。これをキミに・・・。」

見ると、それはCDショップの包みでした。

「えっ? オレにっすか?」

彼が驚いて声を上げると、課長は開けてみろというしぐさをしました。

中から出てきたのは、輸入盤の2枚組CDでした。

「な、なんっすか? これ。」

「やっぱり、キミはクラシックは聴かないか。」

「・・・あ、・・・はい。」

課長は、少し微笑んで言いました。

「これは、ブラームスのピアノコンチェルト第1番と第2番だ。ピアノはウィルヘルム・バックハウス、指揮はカール・ベーム、オケはウイーン・フィルハーモニー。ぼくが知るところでは、これらの曲の録音としては史上最高の名演だね。」

正直言って、課長の解説を聞いても、彼には何が何やらよくわかりませんでした。

しかし、あることをはっきりと感じました。

こんなに生き生きとした課長、初めて見た。

「そ、そうっすか。オレ、ちょっと聴いたことないと思うんすけど・・・。」

「ああ。それはそうだろう。だけどね、まあ、だまされたと思って聴いてみなさい。とにかく美しく、それでいて力強く、ぼくはこれを聴いて何度勇気づけられたかわからない。1番はもう50年以上前のモノラル録音だが、大変に彫りが深く、2番の方はステレオ録音ですばらしい風格なんだ。バックハウスのピアノが最高なのは当然だが、ウイーン・フィルの弦がまた、この世のものとは思われないほどの美しさなんだよ。」

課長って、こんなによくしゃべる人だったのかぁ。
しかも、微笑みながらしゃべってる・・・。

そう思ったら、なんだかうれしくなって、彼も微笑みながら聞いてみました。

「課長、好きなんっすね、クラシック。」

「ん? 好きを通り越して、セミプロだよ。」

「セミプロっすかぁ?」

「うん。高校時代、音楽の先生から音大に行ったらどうだって言われてね。」

「マ、マジっすか?」

「でも、行けなかったんだよ。音大って学費が高いんだ。で、仕方なく国立の経済学部にね。」

「課、課長、国立大っすか?」

「うん。」

「東大っすか?」

「まさか。地方のちっちゃい大学だよ。でも、もしあのとき、音大に行ってれば、人生変わってただろうなあ、確実に。たぶん音楽家になっていたよ。そうしたら会社勤めなんかもしなかったわけだから、胃を壊したりもせず、病院で家内と出会うこともなかった。もちろん、キミと出会うこともなかったわけだ。」

「・・・そうっすね。・・・・あの、音楽家って、課長は何を・・・?」

「あ? ああ。ピアノと声楽と指揮。」

「マ、マジっすかぁ?」

「ぼくはね、曲を聴くときはスコアを見ながら聴くんだよ。」

「スコアって、・・・楽譜を? すげー!」

課長は、水を得た魚のように音楽について語りました。

その姿は、会社にいたときとは明らかに別人のようでした。

課長の話は非常に面白く、途中で彼が少しでもわからなそうな顔をすると、どこまでも噛み砕いて話してくれるので、とても楽しく聞くことができました。

でも、聞いていて、彼はふと思いました。

そして、言いました。

「・・・課長。」

「ん? ・・・ああ、もうこんな時間か。つい夢中になってしゃべって、時のたつのをわすれてしまった。・・・帰らなきゃな。」

帰り支度をしようとする課長に、彼は言いました。

「・・・・こういう話、したかったっす。」

体の動きを止め、課長は彼の瞳を見ました。

「え?」

彼も課長の瞳を見ました。

「・・・・こういう話、したかったっす。・・・・会社で。」

課長は、一瞬戸惑ったように見えました。

しかし、すぐにやさしい目をして言いました。

「・・・・そうだね。」

その日以来、彼は課長と会っていません。

課長が今、どこで何をしているのかも知りません。

「東京から離れて、静かな場所で娘を育てるよ。」

あの晩、別れ際に課長が言った言葉のとおりなら、課長と娘はどこか地方の町で暮らしているはずです。

初めのうちは、彼もいろいろと心配しました。

メールも送ってみましたが、ケータイを変えたと見えてエラーで返って来ました。

で、心配するのをすぐにやめました。

自分には何もできないし、また、あの課長は大丈夫だ、という気がしたからです。

ブラームスCD

課長がくれたCDは、彼には難解でした。

クラシックのコンチェルトは、一曲がいくつもの楽章に分かれているうえ、それぞれの楽章が恐ろしく長いので、いっぺんに終わりまで聴くということがなかなかできませんでした。

でも、ときどき聴くようにしていたら曲のあちこちを覚え、徐々に長く聴けるようになってきました。

まだまだクラシック音楽のファンと言えるところまでには行っていませんが、最近、これらと同じ曲を別の演奏家が録音したCDを聴いてみようかな、と思い始めています。

「課長。才能、隠したりしないで、だけど、課長の道を歩いて行ってください。いろいろあったけど、オレ、成長したかもって思うっす。お元気で。」


                                        了






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Mr.NAO

Author:Mr.NAO
東京都港区出身 
男性 
水瓶座

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