FC2ブログ
≪ 2018 07   - - - 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 31 -  2018 09 ≫
*admin*entry*file*plugin| 文字サイズ  
FC2 Blog Ranking FC2 Blog Ranking

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。


先生の姿

「私は30を過ぎたばかりです。独身の独り暮らしで、夫婦の機微も、家庭で子どもを育てる苦労も知りません。ですから、もし生意気なことを言ったとしたら、謝ります。」

男性教師は、母親の方をまっすぐに見て言いました。

「毎日、本当に大変でいらっしゃると思います。朝早くから夜遅くまで働き詰めでしょう。すべてご家族のために。ご自分の時間なんて、まるでないでしょう。それなのに、PTAのクラス代表まで2年連続で引き受けてくださって。よくやっていらっしゃると思います。頭が下がる思いです。」

「・・・先生に、何が、わかるんですか?」

テーブルの上を見つめたまま、母親はつぶやくように言いました。

「はい。ご家庭の中の細かいことは、もちろんわかりません。しかし・・・。」

突然、彼の目を見たかと思うと、母親は鋭く言い放ちました。

「わかったようなことを言わないでください! 偉そうに!」

「また。どうして、すぐそういうふうに相手を攻撃するんですか?」

「気に障るからですよ。」

「何が気に障るんですか?」

「イヤなんですよ。」

「何がですか?」

「こういう話が、ですよ。」

「なんで、こういう話がイヤなんですか?」

「イヤだからイヤなんですよ。私、もう帰ります!」

と言うが早いか、彼女はイスを蹴るようにして立ち上がり、ドアの方に歩き出そうとしました。

その背中に向かって、男性教師はやさしく言いました。

「寂しいですね。」

すると、彼女の動きがぴたりと止まりました。

彼女は、こちらに背を向けたまま、立ち尽くしています。

「寂しくて、哀しいですね。」

真ん前を向いていた彼女の顔が、少しずつうつむき始めました。

「あなたはすごく頑張る方です。絶対、人に弱みを見せないし、愚痴も言わない方です。たぶん、それはご家庭の中でも同じだと思います。そんなあなたに、ご家族はどれほど助けられているかわからないでしょう。でも、昔からずうっとそうなので、それが当たり前だと思って、ご家族は、一番大事なものを、どこかに置き忘れてきてしまったんじゃないですか?」

男性教師は彼女のところまで歩いて行くと、イスの位置を整えながらそっと言いました。

「まあ、おかけになりませんか?」

母親は、言われるままに力なく腰をかけました。

自分の席に戻ると、男性教師は低い声で尋ねました。

「話を続けてもいいですか?」

彼女は無言でうなずきました。

「失礼なことを申し上げるようですが、何もかも自分でしょいこまないで、ときには相手の力も借りるようにして、やっていかれたらいかがでしょうか。でないと、とても疲れるでしょう。」

彼女の目は、再びテーブル上に向けられています。

「ご家族からねぎらいやお礼の言葉がないというのは、寂しく、哀しいですよね。なんで自分ばっかり苦労しなくちゃならないのか、と思うとたまらなくなるでしょう。」

母親の体が前後に揺れたように見えました。

「でしたら、たまには何もされず、ご主人やお子さんたちに家事を分担してやってもらったらどうでしょう。たぶん、みなさん、上手にできないでしょうから、あなたの日々の大変さが身を以てわかりますよ。そうすれば、感謝の気持ちが自然にわいてくると思います。」

男性教師がここまで話すと、母親は顔を上げました。

その目は真っ赤でした。

「どうして、そんなことを、話すんですか・・・・?」

かすれた声でそう聞かれると、男性教師はていねいな口調で答えました。

「あなたのお心が、このままでは不健康になってしまう、と思ったからです。」

「・・・・心が、・・・・不健康・・・?」

「はい。あなたの連日にわたる夜の電話は、あなたのお心が不健康になりかかっていることを表す行為だったと思います。」

「・・・でも、あれは・・・・。」

「本当はこうあってほしい、と強く願っていることがまったくそうならない、という状況が延々と続いて、これから先も改善される見込みがほとんどないだろうというとき、人間は全然別のことをして満足しようとするんです。言ってみれば、これはウソの満足ですから、実は満足したつもりになっているだけなんですが。」

「・・・・ウソの満足・・・。」

彼女の目から涙がひとすじ流れ落ちました。

「あなたの場合は、その、別のことをするやり方がものすごく激しく、非難や攻撃の態度が尋常の強さではないので、それだけ現状に対する失望感が計り知れないほど大きく、限界近くにまで行っているのではないか、と思いました。これは相当まずいと思いました。自分のクラスの保護者が健康を損なうのを、担任として黙って見過ごすわけにはいきませんから。」

彼女は下を向き、テーブルの上で両手を握りしめました。

その両手の上には次々と涙がこぼれています。

彼女の肩が震えています。

「ご自分が本当に望んでいるご家族、ご家庭を作っていく努力をしないで、人の欠点を捜して怒ってばかりいたって、なんの解決にもならないでしょう。私は、学校関係者としてクレームが怖くて言っているのではありませんよ。あなたの精神状態が危険なのではないか、と言っているんです。」

母親は、両手を涙で濡らしながら、かすれた声に力を入れるようにして話し始めました。

「・・・・初めてです。」

「え?」

「・・・知ってました。先生たちから、モンスター・マザーって言われてること・・・。上の子が、小学生だったときです・・・・。で、決心したんです。・・・じゃあ、筋金入りのモンスターになってやろうじゃないの、って・・・・。それ以来、先生たちは私を怖がって、嫌って、・・・・あの子が中学に入ってからも同じで・・・、私が相変わらずだったから、しょうがなかったんですけど・・・、先生たちって、みんな、私が何か言っても、社交辞令みたいなあいさつとか、型通りに謝るだけとか・・・。だから、・・・・初めてなんです。」

彼女の目からは、大粒の涙が次々とあふれています。

「初めて?」

「・・・・こんなに、私のことについて、真剣に考えて、話してくれた先生、・・・初めてです。」

こぼれ落ちる涙を拭うこともせず、彼女はゆっくりと立ち上がると、男性教師に向かって深々と頭を下げました。

その瞳から、ぽたぽたと涙が床に落ちました。

「・・・・家族に、・・・話してみます・・・・。」

緑

母親が帰った後、研修室の窓のすぐ向こうに生い茂る新緑を眺めながら、男性教師はふうっと息を吐きました。

学校の先生って、楽な仕事とは言いがたいね。
だけど、自分で選んだ道だから。
ん?

気がつくと、緑たちは初夏の雨にしっとりと濡れていました。

「あの人、カサ、持ってたのかなあ。」

思わず口に出してそう言った自分に気付くと、男性教師は雨が落ちてくる空を見上げました。

                                        了









スポンサーサイト


この記事へコメントする















Mr.NAO

Author:Mr.NAO
東京都港区出身 
男性 
水瓶座

QRコード
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。