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小林多喜二1
小林多喜二(こばやしたきじ)。

1903〜1933。

秋田県大館市出身。

旧・小樽高等商業学校(現・小樽商科大学)卒業。

銀行員をしながら労働運動、芸術家運動を行い、プロレタリア文学の代表的な作家となったが、特別高等警察による取り調べ中に拷問死。

その葬儀には、魯迅からも弔電が届いた。

小説『蟹工船』『党生活者』『地区の人々』など。

本

作家・小林多喜二の名を一躍高からしめたのは、昭和3年末に発表された『一九二八年三月十五日』でした。

あの『蟹工船』が公にされる半年前のことです。

この作品は、題名の日に実際行われた労働運動関係者への大量検挙、所謂(いわゆる)『三・一五事件』に取材した、綿密なルポルタージュ小説です。

当時、全日本無産者芸術連盟(ナップ)に加わり、その小樽支部の運営を強力に推進していた小林が、蔵原惟人(くらはらこれひと)との会見を契機に執筆を思い立った、と言われています。

ところどころに、表現が固かったり構成がぎこちなかったりする部分はあるものの、労働者階級の悲惨を極める貧しさ、インテリゲンチャの苦悩、家族の苦しみなどをつぶさに描き、だ夏される労働者たちの姿を組織的に捉えたという点で、この小説は、それまでのプロレタリア文学にはなかった画期性を備えていました。

また、当局による残虐な拷問のありさまや、拘置所における容疑者たちの非人間的な扱われ方をも詳述し、読者を驚愕せしめました。

小林多喜二2

言論統制下にあった往時のこと、当然夥(おびただ)しい箇所に伏(ふせ)字、削除を施されはしましたが、この作品はナップの機関誌『戦旗』の昭和3年11月、12月両号に分載されて約8千部を売り、さらに翌年9月に出版された単行本は1万5千部を完売しました。

しかし、これらは、当局の手によってあっけなく発売禁止処分とされてしまいました。

現在活字化されている本作は、勝本清一郎が第一銀行の地下貸し金庫に保管していた自筆原稿によって再生された復元版ですが、実は、小林自身が脱稿した原作はこれより二章長いものでした。

この部分は、発表の際に除かれたのでした。

文学的価値を高めるために蔵原がおこなった措置だったといいますが、その二章は戦災で消失し、今はありません。

真に悔しいことです。
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Mr.NAO

Author:Mr.NAO
東京都港区出身 
男性 
水瓶座

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