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ハヤシライス

語源ハンター・わぐりたかしさんの全国紙への連載に、またもや教えていただきました。

『ハヤシライス』の語源です。

早矢仕有的

丸善(まるぜん)の創業者、早矢仕有的(はやしゆうてき。1837〜1901)が『ハヤシライス』の生みの親です。

以下、わぐりさんの文章をご紹介します。

☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆

これまでの通説では、

「ハヤシライスは早矢仕有的が、ありあわせの肉や野菜をごった煮にしてご飯を添え、友人にふるまった。

それが評判となり、丸善のレストランでも出すようになった。

早矢仕さんのご飯だからハヤシライスだ。」、

あるいは「それはあまりに話が出来すぎている。ハヤシライスは、明治期に流行したハッシュドビーフ・ライス(牛細切<こまぎ>れ肉ご飯)が、ハッシライス、ハイシライスと訛(なま)って、やがてハヤシライスとなった。」

などと言われています。

丸善の社史にもそのように書かれ、今もレストランの名物となっています。

ところが、当の早矢仕有的の家には、代々、別の物語が伝わっていたのです。

美濃(みの)国(岐阜県)出身の早矢仕有的は、腕利(うでき)きの医者でした。

22歳で上京して、福沢諭吉の私塾(後の慶応義塾)に入り、横浜に開設された最先端の西洋式病院に赴任。

一方で、おそらく諭吉の指示もあったのでしょう、同じ横浜に「丸屋」(丸善の前身)を創業。

洋書や、薬品、医療器具のほか、西洋雑貨、西洋文化を取り入れる最前線の基地としたのです。

横浜は文明開化を象徴する牛鍋発祥(はっしょう)の地。

牛鍋屋の常連でもあった有的は、その家の子どもを診察した際、「商売の残り物をご飯にかけて食べさせれば、簡単なうえに滋養(じよう)もあるので病気も早く治る。」とアドバイス。

おかげで子どもの病気はみるみる全快。

たちまち評判が広まり、また有的は病院でも患者さんたちに同じアドバイスをして、それが広まったとのこと。

早矢仕先生直伝(じきでん)の西洋式特製ご飯だから、「ハヤシライス」というわけです。

☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆

早矢仕有的さんの名前は、なんとなく聞いたことがありました。

丸善と『ハヤシライス』の関係も知っていました。

しかし、いつかお話ししたように、『ハヤシライス』の語源は『ハッシュドビーフ・ライス』だと思っていました。

それが「早矢仕有的」の「早矢仕」から来ていて、『牛鍋』の残りをご飯にかけて食べるようにと早矢仕自身が勧めたのが最初だったとは。

しかも、そう勧めた早矢仕が医者で、患者のために心を砕いて指南した食事がもとだったとは。

知りませんでした。

『ハヤシライス』は、名医の善意が生んだ食だったのです。

レトルトハヤシ

出身地では、早矢仕有的の誉れは今もって真に高いようで、『元祖鴨肉・早矢仕ライスのハヤシ』というものも売り出されています。

あちらでは、『ハヤシライス』には鴨肉を使うのが一般的なのでしょうか。

いただいてみたいものです。

例によって、食べ物の語源は実に面白く、興味は尽きません。
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Mr.NAO

Author:Mr.NAO
東京都港区出身 
男性 
水瓶座

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