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水割り


 
以来、ほぼ三日に一度のペースで、老紳士はやってきた。
 
そして、いつもの個室に座り、山崎の水割り三杯とマグロの刺身、フレンチドレッシングのグリーンサラダを注文した。
 
やって来るのは五時か五時半で、一時間いて帰って行った。
 
タバコも吸わず、本や新聞も持ち込まず、魚と野菜をつまみ、グラスを傾けながらやることは、ただ封筒から取り出した手紙を読むことだけだった。
 
健一は、この老紳士への応対は自分の仕事だと思った。
 
だから、浩司たちにもそう言って、老紳士が来ると必ず自分が担当するようにした。
 
事実、老紳士の方も健一に接してもらうのがいちばん心地よいように見えた。

健一が自分の休みの日を教えると、老紳士はその日にはけっして現れなかった。
 
休みの曜日がその週だけ特別に変わったときは、そう伝えると老紳士もやって来るペースを変えて、きちんと健一がいる日に出かけて来た。
 
あのマネージャーも、今では当然のことながら、上客として老紳士を丁重に扱うようになっていた。
 
現金だな、と思いながらも、健一はうれしかった。
 
そんなある日、個室に入ると老紳士が健一に言った。
 
「ケンさん、このお仕事はご本業ですか?」
 
老紳士が個人的なことについてたずねることはなかったので、健一は少し驚いたが、打ち解けてくれたんだと思って笑顔で答えた。
 
「いいえ。これはバイトです。ぼく、役者なんです。まだ駆け出しですけど。」
 
健一

「ほう。役者。映画ですか?」
 
「舞台です。そういう方面、ご存じですか?」
 
老紳士は微笑みながら首をかすかに横に振った。
 
「文芸座っていう、シェクスピアとかチェーホフなんかを昔からやってきた老舗の劇団なんです。有名な役者がいっぱい出てるんですよ。」
 
「そうですか。いくつか出演されてるんですか?」
 
「まだ今年研究生になったばっかりで、修行の身なんで。昼は勉強、夜はバイトっていう生活です。でも、学生時代はたくさん主役、やったんですよ。」
 
「大学でも芝居を?」
 
「はい。演劇科で。高校時代に初めて観た芝居がすごくって、ハマっちゃったんです。文芸座も入れると思ってなかったのに受かっちゃって、あのときはビックリしました。」
 
「いいところをお持ちだから、先生たちはそれをちゃんと見抜いてくださったんでしょうね。すばらしいですね。」
 
「いやあ。ちょっと変わったやつだから、おもしろそうだって思われたんじゃないですか?」
 
老紳士の顔がぱっと明るくなった。
 
健一は老紳士のこの笑顔が好きだった。
 
「あなたは実にしっかりとした方ですね。必ず成功されると思います。応援していますよ。」
 
「ありがとうございます。」

                                    つづく

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Mr.NAO

Author:Mr.NAO
東京都港区出身 
男性 
水瓶座

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