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電柱の陰

あのラーメン店には行かず、一貴(かずき)は味のない大もりそばを出すそば屋に週2回のペースで通うようになりました。

大学の授業は相変わらずの狂態で、一貴はやはり誰とも言葉を交わしませんでした。

そういうことにはもう慣れたとも言えましたが、高校時代の同級生・佐藤が言った「中退」「転学」「ベンチャー」という単語が、また頭の中でグルグルと廻り始めていました。

しかし、満員電車にぎゅう詰めにされての超遠距離通学、最早限界に近いまでの倹約節約生活の日々に追われ、一貴は川面(かわも)に漂う枯れ葉のように、時に流されているだけで精一杯でした。

そんな毎日を送りながら、一貴は自分がどうしてあれ以来、あのラーメン店に行けなくなってしまったのか、考えました。

最初にあの店主の母親らしき人に会ったときから、それまで店の中にいるといつも感じていた、腹の辺りが冷たいようなイヤな感覚がなくなったのにもかかわらず、夏休み直前のあの日、その人が親切にも渡してくれたカサをメチャクチャに壊してゴミ箱にぶち込んでしまったことを、自分は後悔しているのだ、と思いました。

でも、あのときは感情が爆発してしまって、ああいう行動を到底抑えることはできなかった、ムリもなかった、とも思いました。

だが、いくら「使ったら捨ててください。」と言われてもらったカサだったとはいえ、あんな仕打ちをカサにしてしまったのだから、くれた人に対して申し訳なくて顔向けできない、というのが正直なところでした。

ところが、ある日、午後の授業がやっと終わって駅への道を歩いていると、その母親らしき人が四つ角の左側から現れたのです。

びっくりした一貴は、思わず電柱の陰に隠れました。

彼女は、曲げたひじに買い物袋のようなものの持ち手を通して運んでいましたので、どこかに買い出しか何かに行った帰りのようでした。

さいわい、彼女は一貴に気付くことなく、そのまままっすぐに歩いて行きました。

母親らしき人は、もちろん三角巾も頭に巻かず、エプロンもしていませんでした。

店で見るよりずいぶん小さく、年老いた人に見えました。

いつも三角巾で覆われている髪は、ほとんど真っ白でした。

歩き方も少し危なげで、夏休みの間に急激に歳を取ったように思えました。

彼女が通り過ぎると、一貴は四つ角のところまで走って行きました。

まだすぐそこにいるはずなのに、彼女の背中はとても遠くにあるようでした。

右腕にかけられた袋から、緑の棒のようなものが覗いていました。

よく見るとネギでした。

彼女が歩を進めるたびに、ネギがゆらゆらとかすかに上下しました。

袋は重そうで、その持ち手は母親らしき人の腕に食い込んでいるようでした。

一貴は、自分はあの人にとんでもなく悪いことをしてしまったのではないか、と思いました。

あの人の、文字どおり母のような深いやさしさを、愚かで幼い自分は思いっきり踏みにじってしまったのではないか、と思いました。

一貴がここにいることを知るはずもなく、母親らしき人は静かにゆっくりと遠ざかって行きます。

かあっと瞳が熱くなったかと思うと、彼女の後ろ姿が一瞬にしてぼやけました。

・・・・オレって、マジ、ひでーヤツかも・・・・・。



                                      つづく





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Mr.NAO

Author:Mr.NAO
東京都港区出身 
男性 
水瓶座

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